三渓園観梅会

2000年2月27日(日)

梅の向こうに三重塔を望む

我が家の近所でも、梅が美しい花と香りを競い合っていますが、横浜の観光名所のひとつ「三渓園」では、2月6日から3月5日まで観梅会が催されていました。

この日は、朝から本当に穏やかな晴天で、絶好のお出かけ日よりです。横浜駅東口横浜そごう地下のバスターミナルは、バスを待つ人の長い列ができていました。「市営バス8系統」は、桜木町(みなとみらい21地区)・中華街・元町・MYCAL本牧・三渓園と、横浜の観光スポットを巡ります。バスは、乗り切れない人たちを残して発車しました。

当日は、横浜国際女子駅伝が開催されるため、沿道には警備会社の係員やそろいのウェアのボランティアが配置についていました。満員のバスに約30分ほど揺られると、三渓園に到着しました。

私達を含めほとんどの乗客が、三渓園前のバス停で降りました。バス通りから園までは、外国人向けアパートもある住宅街で、観光客さえいなければ静かなはずの場所です。駐車場待ちで路肩に並んだ車の列の脇を、観光バスがすり抜けて行きます。どこでも、観光地で暮すのは大変ですね。

門前商店 亀の子様

園正門前には、みやげ物屋が2軒と、この日の人出を見込んだ露店だけ。ところで、途中に小さな社があって、なぜかたわしが供えてあります。これは、亀によって子供が救われたという伝説に基づくもので、近所の方が「亀の子」にちなんで「亀の甲たわし」を供えているものです。

梅とスイセンと妻

梅とスイセンと夫

さて園内は、梅の香に集まった人でいっぱいでした。茶会、句会、邦楽の演奏会が催されています。普段は、外から眺めるだけの茶室なども、この日だけは本来の働きを取り戻しています。大きな三脚にカメラを据えて、梅の花をねらう写真家も大勢いました。

家族連れも来ていましたが、小さな子供には観梅会は退屈ですよね。グズッて泣いている子もいました。

桃山御膳

子供が泣いたら、とりあえず何か食べさせるというのが親の常套手段で、私たちも昼食は家族連れと隣り合わせになりました。

上の写真は、待春軒の「桃山御膳(\1,200)」です。「三渓そば」におでんと茶めしがセットになっています。「三渓そば」は、ネチっとした歯ごたえの細いうどんに、中華肉まんの中身をかけたようなものです。ぜひ一度、お試しください。

三重塔への石段を登る 旧燈明寺三重塔

三渓園のシンボル「旧燈明寺三重塔」へと、石段を登ります。展望台からは、東京湾の景色が見渡せますが、京浜工業地帯の製油施設がすぐ近くまで迫っています。このあたりに自然の海岸線が残っていた昭和30年代初期までの風景は、想像してみるしかありません。

三渓園内の建築物の詳細と、三渓園そのものの沿革については、 こちらをご覧ください。

現代の日本で「公園」と言えば、国や地方公共団体が管理しているものか寺社の境内を思い浮かべますが、明治の日本では個人がこれほど大きな私庭を一般に公開していたんですね。

それだけ貧富の差が大きかった時代だということでしょうが、その分財力のある者の力も責任も大きかったということでしょう。ちょうど当時は、国策により神社の勢力が増し、一方で衰えた寺院はその建物を売却しなければなりませんでした。そうした建物が、原三渓によって移築され現在まで守られています。

バブルの地下高騰を経験し「一億総中流」の現代では、個人で同じような活動をすることは難しいでしょう。個人のリーダーシップが発揮しにくくなっています。みんなが「誰かやってくれるだろう」と考えているうちに大切なものを失っていた、ということのないようにしたいものです。

臨春閣

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